積み上げる作曲 その2~『現代音楽のポリティックス』を読んで

※『現代音楽のポリティックス』の内容紹介はこちら。

シェーンベルク著「作曲の基礎技法」のコラム「積み上げる作曲~『作曲の基礎技法』を読んで」において、音楽の積木を積み上げる作曲についてお話ししました。本書の著者で作曲家の近藤譲氏は、本書において自らの作曲法について述べています。その内容は「積み上げる作曲」で述べたことと大きく関係していますので、これからご紹介したいと思います。

まず、著者は、自らの作曲方法を「変わっているかもしれない」と断った上で次の様に語ります。

一般に、例えば、表したいものが心の内に予め何となくあって、それを表現するために作曲をする作曲家もいるでしょうし、あるいはもっと具体的に音の組織ですとか、音階とか、あるいは音列のような、音の組み立て方の組織的な論理を準備して作曲にとりかかる人もいるでしょう。つまり、ふつう、作曲に先立っては何らかの”準備”というものがあるわけです。けれども私の場合には、何の準備もない。言ってみれば、いきなり作曲が始まるのです。 (p156)

普通は、「この喜びを音楽で表現しよう」とか、「ドリアン・モードを基調にしてフレーズをつくろう」とか、「マイナー調でつくろう」等と、あらかじめ何らかの方針なり枠組みを考えるところを、氏は「何も準備しない」というのです。そして、先ず「最初の音を思いつくまで、ひたすら待つ」ことで、最初の一音が決まるのだそうです。これはフレーズといったものではなく、単に「ド」とか「ド#」という「ひとつの音」なのです。さて、それが決まった後はどうするのでしょう。

そして、始めの音を決めたら、それを何度も聴きます。一生懸命に何度も、神経を非常に集中して聴く。もちろんその音というのは、抽象的な音高としての「レ」や「ド#」ということではなくて、もしオーケストラの曲を書くのであれば、例えば、バス・トロンボーンとコントラバスが一緒に重なった、ある長さを持ったある強さの特定の音色を持つ「ド#」という、非常に具体的な音として思いつくわけです。 (p157)

最初の音がとにかくどれかに決まると、それを繰り返し何度も聴く。聴いているうちに、二つ目の音を思いつくわけです。そこで、最初の音のあとに二つ目の音を書く。(中略)ともかく、私は二つ目の音を思いついたら今度は一つ目と二つ目の音を聴いて三つ目の音を、三つ目の音を思いついたら一つ目、二つ目、三つ目を聴いて四つ目の音をというふうに、いつも必ず始めから聴いて、順番に一つ一つ音を前に足していくというやり方で作曲していきます。 (p158)

この作曲方法には、何の体系も何の規則もありません。(中略)しかし、その音の思いつきが、純粋に無前提の直観のみに頼ったものかというと、実は、そうではありません。例えば、最初の音のあとに二つ目の音を何か置いたとする。そうすると、その二つの音の間には、当然、何らかの相互関係が生じます。その関係性に着目するというのが、私の作曲の方法なのです。 (p158)

この様に、著者の作曲方法は「ある音と、その音に続き得る(関係し得る)音をつなげていく」ということが基本になっているようです。問題は、単なるひとつの音同士を、何を頼りにしてつなげているのか、つまり「積み上げているのか」なのですが、さて、著者の言う「関係性」とは何を指しているのでしょう。

私が関心を持っている音相互間の関係性というものは、特に目新しいことではなくて、むしろ非常に伝統的な種類のものです。それは、例えば旋律とかリズムとかあるいは調性とかいった、非常に伝統的な音楽の構造の諸要素を成り立たせているのが、そうした関係性に他ならないからです。 (p158)

いくつかの音が連続する印象を与えるもの、つまり「旋律」や「リズム」といった、ごく普通の音楽要素が関係性の拠り所になっている様です。著者は「グルーピング」という言葉でそれを表しています。この様にして著者は、ひたすら音との対話を繰り返しながら音の構造をつくり上げ、結果としてひとつの音楽をつくり上げて行きます。この辺り、まさに、まだ見ぬ「その曲がまとまりたがっている姿」を目指して作曲をしている様に見えます。

この後、著者は、作曲方法の細かな解説と、「一音のもつ美しさ」に対するこだわりを披露しながら話しを進めていきますが、この辺りのことはぜひ本書を一読されることをおすすめします。最後に、著者の自作曲に対する接し方が明瞭に述べられている部分を引用して終わります。こういった作曲方法は、「音楽で何かを表現するため」というよりも、「音楽を表現するため」と言った方がピッタリだと思います。そして、今回の趣旨から言えば、我々も「音楽における重力を味わい尽くすため」に作曲する可能性が考えられるのではないでしょうか。

(作曲家は、一般的には作曲家の内面や時間的体験を音楽を通じて表現すると思われている、ということを述べた後)しかし、私の場合は、まったくそうではありません。つまり、音をどう繋ぐかということにしか関心がないわけですから。私は、ただ音楽を書き、書くことによって、結果としてそこに産まれてきた音楽を聴き、そこで初めてその曲の感情性や時間形式といったものを体験し、知るのです。 (p178)

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書籍情報

『現代音楽のポリティックス』
C・ウォルフ/L・ノーノ/近藤譲 他著
出版社:書肆風の薔薇(ISBN:4891762438)
1991年2月10日発行
サイズ:206ページ