レビュー『楕円とガイコツ』山下邦彦 著

副題は「小室哲哉の自意識×坂本龍一の無意識」です。両者の作品の譜面とインタビュー記録を豊富に引用しながら、彼らの生み出す音楽の響きの秘密に迫ろうとする、類を見ない奇書です。調性音楽における響きの陶酔性とも言うべき、その感覚的な美質を執拗に追ったドキュメントとも言えるでしょう。

これまで、キース・ジャレットやビートルズ、ミスチルなどの音楽分析批評の本を書いてきた著者の、言わば集大成となる内容になっています。柴田南雄氏の「音楽の骸骨」論を援用しつつ大胆に論を進めており、著者が彼らの音楽から感じる素晴らしい「何か」を執拗に言葉として捕まえようとするその姿は、終始徹底しています。

内容の難度としては、一般的なコード進行理論が分かっていれば十分に読み進められるものになっており、譜面を実際に弾いてみることだけでも十分に内容を楽しむことが出来るでしょう。というよりも、むしろその響きへの理解こそが重要なのだと言えます。

レビュー

山下氏の本は、以前から独特の雰囲気を醸し出してきました。それは、用いられる造語の類(木のコード、竹のコード、虹とモード等)のせいばかりではなく、思うに氏の「偏執狂的こだわりパワー」のためではないかと思うのです。

以前、山下氏は「坂本龍一・全仕事」、「同・音楽史」という大著を記しました。一読すると分かりますが、そこには物凄い執着が感じられます。そしてそれは、まるで哲学書を読み進めているかのような、著者の思考の追体験をして行くような、そんな精神力を読み手に要求してきます。

ところが、です。本書「楕円とガイコツ」では雰囲気が一変しています。何か達観したような、リラックスした印象があり、熱のこもった部分も等身大で共感しやすいのです。そしてなんと言っても、口調が「である」から「です。ます」に変わっていることが驚きでした。「著者に何があったのだろう?」などと、不埒な想像も出そうです。

一人の著者を追いかける過程において、その著者の変化に出会うこと。それは、共に理解の深淵へ降りて行くような「スリルと興奮」を味わえるものなのだな、と本書を読みつつ感じました。

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理解し、意味付けたい欲望~『楕円とガイコツ』を読んで

書籍情報

『楕円とガイコツ』
山下邦彦 著
出版社:太田出版(ISBN:4872335082)
2000年4月25日第一版発行
サイズ:384ページ

『楕円とガイコツ』の目次

  • 第1部 「坂本龍一X小室哲哉」~坂本龍一の「絶対音感」と小室哲哉の「相対音感」
    • 第1節 「エナジー・フロウ」の秘密
    • 第2節 「坂本龍一X小室哲哉」とは?
    • 第3節 「C、F、Gだけ覚えて、2週間ぐらいは知ってる限りの曲を、この3つのコードで弾いて唄ったりしてた」(小室)
    • 第7節 「Fだよ!! ね、気持ちいいでしょ?」(小室哲哉による「リフ」の定義)
    • 他、全13節
  • 第2部 「戦場のメリー・クリスマス」と「エナジー・フロウ」を結ぶもの~小室哲哉のリフと坂本龍一のピアノの「開放弦」
    • 第1節 「何であれが売れるのか、よくわからない」と坂本龍一はいうけれど……
    • 第4節 小室哲哉のsus4か、坂本龍一のペンタとニックか?
    • 第16節 宇多田ヒカルと椎名林檎の「幻聴」メロディー
    • 第21節 「12通りの音のいける可能性があったら、『らしさ』はどこにも生じない」(坂本)
    • 他、全25節
  • 第3部 「ドミソ」の音楽と「ミソラ」の音楽~「ペンタトニック」はアジア人を差別する
    • 第1節 「小室は黒鍵ばかりを使って演奏していた」
    • 第2節 「これを作曲した人は才能がある。短いメロディだけど、僕は驚かされました」
    • 第8節 忌野清志郎の「君が代」は間違っている
    • 第25節 ドビュッシーと坂本龍一の「実験」
    • 他、全29節
  • 第4部 小室哲哉が発見した「ダエンの中のビートルズ」~「ブルー・ノート」は黒人を差別する
    • 第1節 音楽にはゼロもなく、1もなく、あるのは2、つまりダエンである
    • 第3節 「サブドミナント・メジャー」はドリアン・モードを表現する
    • 第5節 ガイコツ(4度)を筋肉(半音階)で動かすとき「ブルース」が生まれる
    • 第20節 ク~、これもたまらん!!「#ソ」の快感は300年の歴史を越えて甦る
    • 他、全26節
  • あとがき~アジアのナイフのゆくえ

著者について

山下邦彦(やました くにひこ)

1957年生。音楽雑誌編集者を経て、現在フリーランス。(本書より引用)