レビュー『和声の歴史』オリヴィエ・アラン著

和声はハーモニーと呼ばれ、翻訳すると「調和」となります。本書では和声を機能和声(調性和声)の枠組みだけで捉えるのではなく、調和を表しそれを司るものとして、その歴史を辿ります。本書の言葉を借りれば、音楽の歴史をつらぬく長い線として、和声を見てみようということです。

その歴史の道のりは10世紀から、概説を含めると5~6世紀ごろから始まります。最初期に見られる和声は、言わば「音程の和声」と呼ばれるもので、コンスタントに4度、5度の関係を持った旋律が併行して行くものです。こういったところから和声の歴史を辿ります。

ページをめくる手が早まるのは、18~19世紀の作曲家たちが調性和声のどういった要素を鋭敏に推し進めて扱い、また反対にそうしなかったのか、そうしたことの個々人の違いをあぶり出しつつ、全体として調性のたそがれから飽和~超越へと変容していく様子を描き出した部分です。文章のテンポ感も相まって読ませどころと感じます。

優れた歴史書に共通することの一つとして、人物や出来事をフォーカスする際の遠近感の付け方が上手いというものがあります。個人的で微細なものごとにグッと近付いてみせたかと思うと、社会・文化的な状況を俯瞰させる高さまで読者を瞬時に引き上げ、複眼的な感想を抱かせてくれます。

こうした、一見めまぐるしくも、しかしコントロールされ抑制された筆致によって“歴史体験”を与えてくれるという点で、この『和声の歴史』も優れた歴史書の一つと言っても過言ではないでしょう。

ただ、度数(音程)を中心とした専門用語がそれなりに理解できていないと面白さが半減してしまうため、読み手をある程度選ぶ本であることは附記しておきます。

本書の出版は30年以上も昔ですが、各時代の作曲家たちが「和声というものとどの様に向き合い扱ってきたか」を概観することができる、とても示唆に富んだものと言えます。よく言われることですが、「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」とあるように、日頃の失敗から学ぶことと併せて、歴史からも多くを学びたいものです。

書籍情報

『和声の歴史』
オリヴィエ・アラン 著
出版社:白水社(ISBN:4560054487)
1969年3月5日第1刷発行
サイズ:151ページ

『和声の歴史』の目次

  • 訳者まえがき/日本の読者へ/はしがき
  • 第一章 概論
    • 符号と略号/専門用語の定義/旋法/和音
  • 第二章 音程から和音へ
    • 起源/十世紀から十二世紀/十三世紀/十四世紀/十五世紀
  • 第三章 和音から調性へ-ルネサンス期の和声(十六~十七世紀)
    • 要約/旋法が長調と短調にまとまること/長調と短調の特徴/器楽の影響/音律の問題/通奏低音と即興和声/発展/一七二二年以前の音楽家
  • 第四章 調性和声-平均率音楽の二世紀、拡大と綜合(十八~十九世紀)
    • 要約/新しい発見/ラモーの理論/種々の考察/平均率空間の征服/フーガと調性プラン/代表的な音楽家の和声(十八世紀)/同(十九世紀)/旋法と調性/調性のたそがれ
  • 第五章 飽和と超越
    • 総決算-音高の和声の最終的合理化/最終発展段階の諸相/平均率空間の飽和/音列の超越-微分音主義
  • 第六章 展望
  • 結論/参考書目

著者について

オリヴィエ・アラン

著者のオリヴィエ・アラン氏は、1918年8月、パリ近郊のサン=ジェルマン・アン・レに生まれた。オルガニストを父とし、夭折した作曲家のジャン・アランと、オルガニストのマリ・クレール・アランを兄妹にもつ音楽一家の出身である。第二次大戦後、パリ国立音楽院にはいり、作曲とアナリーゼのクラスでそれぞれ一等賞を得、現在はセザール・フランク音楽学校の校長をつとめる一方、フィガロ紙の音楽批評を担当し、多方面に活躍している。(本書より引用)