『音を投げる―作曲思想の射程』近藤譲 著のレビュー

「線の音楽」という独自の作曲実践を通じて個性的な作品を発表する傍ら、音楽に対して根元的な問いの眼差しを向け続ける作曲家、近藤譲氏。本書は氏の二十年にわたる期間に書かれた評論をまとめたものです。

それだけの期間に渡る評論集となれば、その内容や論点には幅やブレが生じるものだと思うのですが、本書は意外なほどのまとまりを感じさせます。これは著者の問題意識の立脚点が定まっているからだ、という風にも言えるでしょう。

立脚点と言っても、そこで狭く閉じているのではなく、むしろそこから著者なりに遠くを見渡そうという意図を感じさせるものであり、例えば「1・音と音楽」ではジョンケージの音楽論を取り上げながら、最終的にはコミュニケーション論から「主体間におけるコミュニケーションの不能性、という病」への指摘に及びつつ、ケージの音楽が象徴するものに言及しています。

そうかと思うと「7・音楽を倣う」では、著者が高校生の時に作曲を志したことから始まり、作曲家の長谷川良夫氏に師事した際のエピソードが述べられていきます。ここでは、作曲を身に付け表現力を持ち得るということについて、教育という視点から自身の経験と照らし合わせつつ、正直な文章で綴られています。

高校生だった著者が長谷川氏から「作曲をやりたいんですか。それでは、書いた曲を見せてごらんなさい」と言われたものの、それまで曲を書いたことがなかったため、「お見せできるようなものは何もありません」と狼狽しながら答えるのがやっとだったというエピソードなど、微笑ましくもありますが、作曲と教育についての問題提起として根深くもある、そんな「大きな問い」への入り口という印象を感じます。

この話はそこから、作曲を「習う」と「倣う」の違い、倣うということの持つ意味に及んで行き、これらの内容からは自然と「学ぶは真似ぶ」という格言のことを思い起こさせます。

この章の最後で著者は、「作曲は、教えることも習うこともできないものだ。只倣うことによってこそ、作曲を知ることが出来る」と述べます。この言葉の詳細については本書を実際に読んでもらって、全体の文脈からその意味を汲み取って頂ければと思います。

こういった様に、本書は近藤氏の問題意識の軌跡であり、一貫した眼差しの記録と言えます。

書籍情報

『音を投げる―作曲思想の射程』
近藤譲 著
出版社:春秋社(ISBN:4393935063)
2006年6月1日初版発行
サイズ:229ページ

『音を投げる―作曲思想の射程』の目次

  • 第1部 音、音楽、言葉
    • 1.音、音楽
    • 2.言葉としての音楽
    • 3.超越への耳―神秘主義と神秘主義者音楽
    • 4.音楽に於ける言葉、構造、意味―十八世紀思想の超克に向けて
  • 第2部 時間の形
    • 5.音楽のディスコース―定義の試み
    • 6.器としての世界―ケージの音楽に於ける時空間の様態
  • 第3部 伝統、教育
    • 7.音楽を倣う
    • 8.伝統というもの
    • 9.現代の作曲家と「伝統」(講演)
  • 第4部 散題二篇
    • 10.「書くこと」の衰退
    • 11.音楽批評の役割

著者について

近藤譲(こんどう じょう)

作曲家。1947年生まれ。東京芸術大学作曲科卒。ロックフェラー3世財団、ブリティッシュ・カウンシル等の招聘でニューヨーク、ロンドン等に滞在。内外の多くの国際音楽祭にテーマ作曲家として招かれ、また、欧米の様々な主要機関・演奏団体から作曲委嘱を受けている。エリザベト音楽大学教授を経て、お茶の水女子大学文教育学部教授。(本書より引用)