プロジェクト5 「発展のためのポイント」

(このページは「3.力強い言葉たちに触れてみる」からの続きです。詳しくは「読んで欲しいこの一冊」をご覧下さい。)

ここからは『音楽をつくる可能性』の具体的な実践内容(プロジェクト)についてレビューしていきます。まずはプロジェクト5 「発展のためのポイント」の紹介とレビューです。

音楽的アイデアをつくり出す

このプロジェクトでは、自分のつくっている音楽を発展させて行くためのポイントである、「音楽的アイデア」について書かれています。以下は、プロジェクト5.「発展のためのポイント」の冒頭に記されている導入文です。

音楽的アイデアとは、多くは非常に短いモチーフや音型のような単純なものにすぎない。たった1つの音でさえありうる。しかしこれを印象的なアイデアにするには、何らかの工夫をほどこす必要がある。このようなアイデアは植物の種のようなものだ。(中略)種から出発し、そこに含まれた独自の性格を1つひとつ引き出し、発展させていく。あるいは、種をモチーフ全体として、さまざまな方法で拡大することができるのである。(本書p82より)

音楽的アイデアとは、その名の通り「音楽的なもの」であり、即物的に言えば「音そのもの」のことです。ポイントは、そのアイデア(音)から何を感じ、それを元にどのような音楽を創造出来るかにあります。

簡単に言えば、「特徴のある音色やフレーズ」が「音楽的アイデア」であり、そのアイデアを拡大、成長させて行くことが作曲行為の内容のひとつだ、ということです。そしてこのプロジェクトでは、実際に音楽的アイデアを生み出して行く、いくつかの課題が掲載されています。

まず、最初の課題では、ある一つの音を選んで、その音にハッキリと分かる特徴を与えてみる、ということを行います。例えば、人の声で「アー」とひとつの音、例えばドレミの「ド」の音を歌うだけだと、特徴のある音楽的アイデアとは言えません。

そこで、あの手この手と考える訳ですが、その方法としては次のようなものが考えられるでしょう。非常に長い音にする、もしくは短く(スタッカートに)する。ビブラートで表情をつける。強弱の変化を付ける。装飾(トリルやトレモロ)をする。等など……。

文字で表現するのは難しいですが、具体的には、「ア!ァー…ァァァアアア~」などと歌えば、特徴のある「ド」の歌声にすることが出来るでしょう。しかし、やはり一つの音だけでは特徴を出すのは難しいものです。そこで次に二つの音で、そして三つ、四つと用いる音を増やして行きます。

二つの音が使えると、例えば次のような音楽的アイデアをつくることが出来ます。「ド」と「ミ」の音をつかって先程の様に歌声にしてみましょう。「ドミドミッ、ドドドドミドミッ」 これをさらに、「ド」が続くところでクレッシェンド(だんだん強く)させ、「ミ」はスタッカートにすると、さらに特徴を与えることが出来るでしょう。

アイデアの可能性

これらはとても単純なもので、これだけを見ると、とても音楽とは思えないものだ、とも言えます。しかし、もうこれがアイデアになっていて、実際に一定の性格を持っています。試しにテンポに乗せて、アイデアを何度も繰り返し演奏したり歌ったりしてみてください。その音に何か言葉を当てはめれば、それだけでもう歌(ラップ?)の出来上がりです。

また、使う楽器を換えてみると、それだけで印象が変わってしまうアイデアと、それでも変わらないアイデアがあることに気付きます。それが音楽的アイデアの「質的な違い(差異)」を表すひとつの側面と言えるでしょう。

楽器が変わると印象も変わるということは、言い換えれば「その音色自体が音楽的アイデアなのだ」ということでしょう。このことは、現代の音楽においてはよく見られる傾向でもあります。例えばテクノ・ミュージックにおいては、音色がその曲の個性と同義だという場合がありますし、ポップスにもそれは見られます。また、エレキ・ギターの存在は、20世紀における音楽的アイデアの母であり、革命児と言えるかもしれません。

質的な違いを表す別の面としては、それが秘めている可能性の有無が挙げられます。例えば、ただ強いだけの「ドッ!」という音楽的アイデアから、どれだけ豊かな音楽作品を生み出せるでしょうか。ごく短いインパクトのある小さな作品なら、作曲することが出来るかもしれませんが、それは一度聴けば飽きてしまうものかもしれません。

さて、ここで、誰もが知っている音楽的アイデアを例に出しましょう。ベートーヴェン「運命」の冒頭、「ダダダ・ダーン」です。これをドレミで言うと「ミミミ・ドー」になります。同じ音が三回繰り返されて音程が下がっています。これは言わば、楽器を変えてもそれ程印象が変わらない種類のアイデアです。そしてこのアイデアは、音程が変わったり、楽器が代わったり、手を変え品を換え「拡大、成長」して行きます。

そこで私達も、音楽的アイデアを成長させてみましょう。先ほどの「ドミドミッ、ドドドドミドミッ」の特徴のひとつは、「ド」と「ミ」の関係にあります。そこで、「ドミ」を数多く繰り返すことが考えられるでしょう。また、その音程関係(三度)のまま別の音に移動してみるのも良いでしょう。「レファレファッ、レレレ・・・、ソシソシッ、ソソソ・・・」といった具合です。

これを一つの楽器だけではなく、複数の楽器で分担することも出来ます。例えば「ドミドミッ」をピアノで、「ドドドドミドミッ」をクラリネットで演奏するのです。これと、先ほどの別の音への移動を組み合わせて、それぞれの楽器の演奏タイミングをずらすと、合奏曲の形になってきます。

肝心なのは、それらアイデアの特徴は何なのかを、その音から感じ取ることであり、そして特徴を音で表すことです。安易に特徴を言葉に置き換えることは避けねばなりません。あるアイデアを耳にした人が「亀が歩くようだ」と言ったとしても、それは、その人の感じたことを言葉に置き換えた結果であって、そのアイデアが「亀の歩み」を表しているのではないのです。

さて、この様に、単なるいくつかの音から音楽的アイデアが生まれ、そこには様々な可能性があるということです。そして、その可能性の有無は、アイデアの複雑さとは関係が無いと著者は言います。明確な特徴さえあれば、短いものでも十分にアイデア足り得るのです。以下に、音楽的アイデアについての著者のコメントを引用しておきます。

真に優れたアイデアは、興味をそがれることなく広げていくことができるものだし、しかももとの特質を失うことはない。ところが弱いアイデアは、ただ反復するだけしかできないことが多い。そして発展の可能性をあまり生むことができないために退屈なものになってしまうのである。(本書p91より)

育てる音楽

このプロジェクトの最後の方では、「世界中でもっともよく知られたメロディの1つは、四つの音から成るアイデアが元なっている」とし、その例としてある有名な誕生日の歌を取り上げています。その詳細は、実際に本書で味わって頂きたいところです。そこでは、ある音楽的アイデアがその特徴を拡大、成長させながら、音楽全体へと形づくられて行く様子が分かりやすく解説されています。

この様に、プロジェクト5.「発展のためのポイント」では、音楽をつくって行く際の出発点とも言える「音楽的アイデア」が、文字通り「発展のためのポイント」として入念に扱われています。

作曲をはじめるきっかけとして、「こういう音楽をつくりたい!」と突如モチベーションが生まれることもあるでしょうが、ここで扱ったような「音楽的アイデア」を考えながら、「これを育てて音楽にしたい!」という風に作曲をはじめることも、また楽しいものでしょう。

音楽づくりは、作曲者の内から溢れ出すような作曲行為からばかりではなく、音との遊び、戯れからも生まれるものだと思います。自分のつくったアイデア(種)と共に音楽をつくり上げて行く楽しさを、皆さんも感じ取ってみて下さい。

プロジェクト7 「音楽的アイデアを発展させる」へ続く。