プロジェクト9 「新しい耳」

(このページはプロジェクト7 「音楽的アイデアを発展させる」からの続きです。詳しくは「読んで欲しいこの一冊」をご覧下さい。)

続いて、プロジェクト9 「新しい耳」の実践内容の紹介とレビューです。

決定の積み重ね

プロジェクト5.とプロジェクト7.の紹介では、音楽的アイデアとその発展についてお話ししてきましたが、このプロジェクト9.では、いよいよ実際に音楽をつくり出すプロセスについて見て行くことになります。

これはプロジェクト8.で説明されていることなのですが、音楽的アイデアにはこれまでに触れてきたもの以外に、「特定の作品のための理論でありメカニズムでもあるようなアイデアがある」ということが、そこで述べられています。もっとも、ここで言う「理論」とは、既成の音楽理論のことではなく、その作品が拠って立つ仕組みのようなもののことです。言い換えれば、作品の数だけ音楽理論があるという風になるでしょう。

その、「理論でありメカニズムでもあるようなアイデア」がどのようなものなのかは、実際に本書のプロジェクト8.をご覧頂くとして、ここからはそれらアイデアを用いた作曲のプロセスを見て行くことにしましょう。先ずは、著者の言葉を引用しておきます。

音楽的アイデアを決定した後、作曲のための素材(つまりメロディ、モチーフ、リズム型等の細かい要素)をつくり出すことによって、理論が実行にうつされるのである。ここから作曲というプロセスを続けていくためには、さらにいくつかの決定が成されねばならない。これは主にコントロールということに関わるものだ。音楽の前進が感じられ、アイデアの発展が意味を持ち、芸術的な着想全体が理解されるための、細かい要素やニュアンスを制御する方法のことである。(本書p142より)

著者はこの後、表現媒体をコントロールし、全ての要素を関係づけて独自の構造をつくり上げることが、作曲技術そのものだと語ります。そして、そのコントロールのために先ず行うことは、「枠組みをつくることだ」と言います。さて、これはどういう意味なのでしょう。

それは、どんな種類の音の世界を想定しているか、ということを明確にすることだと言えます。つまり、それは「どんな楽器を使うのか」であったり、「どんな音階を用いるのか」ということ、また、「ガラクタを叩いて鳴る音を使ってみる」、「人の声だけを使う」、「楽器を普段使わないやり方で鳴らす」等など、「ありとあらゆる音の世界」を自分で区切り、枠組みを設けるということです。

作曲をしている人は一見すると、自由に音を扱って音楽をつくっているように見えますが、本質的には常に自らの手で「限定」を設けて作曲をしていると言えます。例えば、ピアノ曲の作曲とは、「ありとあらゆる音の世界」をピアノという楽器で限定して、そこで行うものです。そして、その中で限りない創意とイマジネーションの追求が行われて行きます。

ですから作曲のプロセスとして、そういう「枠組みづくり」があるということなのです。「何をしても良いよ」と言われても、何かを決定した途端、「何か」が枠の中に、そして別の「何か」が枠の外に出てしまうものです。実際には、「このような枠組みを決定することと、主要な音楽的アイデアを考え出すことの間に密接な関係があるのは疑いがない」と、著者も言うように、アイデアを考えながらこの枠組みも考えるというのが自然な形ではないかと思います。

つまり、この音楽的アイデアにふさわしい音はどんな音なのか、それはどんな楽器がふさわしいのか、無ければ自らつくり出すのか、そして、この音から音楽的アイデアを考えられないか、また、個性的な音階を生かす音楽的アイデアはないか、と、この様にアイデアづくりと枠組みを同時に色々と考えてみるのです。

作曲技術の内容

このような枠組みづくりを行うことによって、作曲において重要な要素のコントロールが可能になってきます。それは「前進と後退」という要素です。

音楽というのは時間芸術と呼ばれる種類のものです。こう言って良ければ、聴き手に「特別な時間体験」を与えるものなのです。「楽しくてアッという間に終わった感じがする」と言った時、その聴き手は特別な時間体験を味わったのだ、ということになるでしょう。そういう特別な時間を音楽によってつくり出すためには、この「前進と後退」という要素を作曲者がコントロールする必要があるのです。

前進と後退は、音楽の面白さ、方向性、形式をつくり出すのである。つまり音色、メロディックな音型、リズミックな音型、音域、強弱、和声的な可能性等を生み出すのである。あっと驚かせるような要素を取り入れたり、あるいは音量やテンポを劇的に高めていくと、音楽がぐんぐん進む感じになる。これが“前進”である。繰り返しを重ねながら音量やテンポを下げていくと、進行がゆるめられる感じになる。これが“後退”である。(本書p146より)

とは言え、同じ繰り返しでも、どんどん強くして行けば“前進”になるでしょうし、音型によっては音量やテンポを高めても“後退”に聴こえることもあるでしょう。これらは、音楽的アイデアと枠組みの性質、そして、その作品全体の長さといった要素が作曲者の心の中で掴めていれば、「よく聴き、よく反応(判断)する」ことを通じて自ずと答えが見つかるでしょう。そしてこのプロセスが、作曲行為の中身のひとつでもあるのです。

参考モデルを挙げると、次の様になるでしょう。まず、何かがきっかけになったり、インスピレーションがあって音楽的アイデアが思い付いたり、または思考錯誤でそれをつくり、(同時に)枠組みを考えます。そして、音楽的アイデアを成長発展させてフレーズをつくり、それがメロディーになったり、ベースラインになったり、リズムの特徴が伴奏の基本形になったりして、言わば作品の肉体となって行きます。そして、それらを「よく聴き、よく反応(判断)すること」を通じて変形させたり操作したりしながら、ぐんぐん進む感じや緩まって行く感じを出し、そうして音楽全体という「特別な時間」をつくって行くという訳です。

ちなみに、一般に「音楽形式」と呼ばれるもの、「ソナタ形式」や「ロンド形式」といったものは、こうしてつくられた作品に見られる特徴を、スタイルとして一般化したものとも言えます。前進や後退して行く感じを効果的に出せるスタイルというものは、作曲者の間で共通のボキャブラリーとして大いに利用されていたと考えられます。と同時に、最初にこのスタイルをつくり出した人物に敬意を表したいものです。

さて、この様にプロジェクト9.では音楽をつくり出すプロセスについて、つまり作曲行為の中身について触れて来たわけですが、次のプロジェクト10.では、音楽づくりの別の大切な要素について、著者の言葉と共にお話しして行きます。

プロジェクト10 「統一感とヴァラエティ:12小節から12音へ」へ続く。