模倣の効用と限界~『音楽の不思議』を読んで

※『音楽の不思議』の内容紹介はこちら。

別宮氏の語り口はとても平明で、「言われてみればその通りだ」と思うことがしばしばです。本書「音楽の不思議」もそんな印象を与えてくれます。何よりも、著者自身が作曲家であり、その言葉には経験に裏打ちされた自信が感じられます。

「音楽を求めて」と題された第2部に、「芸術における模倣と創造」という章があります。作曲に限らず、クリエイティブな活動においては、どうしても頭の隅を離れない事項のひとつだと言えるでしょう。がむしゃらに作曲している間は、むしろそんなことはお構い無しに結果が残っていくのでしょう。しかし、一度足を止めて振り返るようなことになると、途端に意識の表面に現れて来ます。「自分のやっていることは、物まねではないのか」と。

そんな「模倣と創造」に対して、著者はどの様な折り合いを付けているのでしょうか。「芸術の第一歩は模倣にはじまる」という類の古今の名言を引き合いに出し、それに同意した後、次の様に語ります。

模倣によって芸術的価値が達成されるということを馬鹿正直に追及すれば、実は電子計算機を利用する、芸術の統計的研究とその一応用例の制作ということになってしまうのではないかと思う。(中略)ところが、こういう方法によってすぐれた芸術をつくることはできない。つまり、芸術的価値というものは、客観的・普遍的に存在するもの、芸術作品はそれを内包し、いわばそれが受肉することによって成立するもの、こういうものではないのであるから、価値そのものに模倣によって近付くことはできない。 (p432)

簡単に言ってしまうと、「こういう音楽には、こういう素晴らしさがある」ということを調べ、「そういう素晴らしさを表現するために、そういう音楽にしよう」としても駄目ではないか、ということになるでしょう。つまり、傑作作品を徹底的に調べその核心に迫ろうということは、作曲において無意味ということになりそうです。しかし、そうであれば「模倣にはじまる」と言った時の「模倣」とは一体何を指したものなのでしょうか。

古来、日本の芸道(狂言や文楽など)においては「型」というものを尊重します。その道においては何よりも型通りであることを求められますが、極意に至っては、むしろそこから自由であることが求められます。いわゆる「気迫(気魄)」の有無です。

型は文字通り模倣出来ますが、気迫は真似の出来るものではありません。よく、スポーツの練習においてコーチが「気迫が足らん!」と一喝しますが、選手はその時に他人の気迫を真似しようとは思わないでしょうし、何より真似をしようとすれば、その態度自体が「気迫に欠けるもの」ということになるでしょう。

これを作曲に当てはめてみると、内容とは気迫によって生まれ、形式は模倣によって磨かれると言えるのではないでしょうか。ポップスにおいて「イントロ~Aメロ~ブリッジ~サビ~」といった形式や、クラシックにおける「ソナタ形式」、「ロンド形式」といったもの、また、使用する楽器、音色の傾向といったものは、模倣によってその理解が深まるものでしょう。

しかし、「イイ音楽だ!」と感じた曲の内容は、まさに真似の出来るものではないと思います。気迫のこもった曲との出会いは常に理解を超えます。とは言え、その曲の形式を探るということは、その内容にふさわしい形式がいかなるものかを理解するために大切なことだと言えるでしょう。名曲の分析と呼ばれる行為はこの様に捉えられるべきだと思います。

「型」と「気迫」、「形式」と「内容」。このことを通して著者はこう語ります。

型とは何か。一つの秩序である。気魄とは何か。固定した秩序を破ろうとする生命力である。破壊の意志である。秩序への憧れと破壊のたのしさと、この相矛盾する人間性の真実、そして現実世界では文字通り矛盾するほかない二つのものを、奇跡的に止揚する場、それが芸術ではなかろうか。 (p436)

続けて、模倣が有効である限界地点を見失って、芸術の価値、この場合「気迫と型のせめぎ合いの奇跡的バランス」そのものを模倣しようとすれば、自らの生命力を殺ぐことになり、自滅に至ると説きます。一般に「あの名曲の真似をしよう」とした時、その模倣の矛先は得てして「その価値」に向いてしまうのではないでしょうか。そして、その先には作者の生命力の殺がれたもの、いわゆる「オリジナリティに乏しい曲」が生まれてしまうのでしょう。

この様に、模倣の目的とするもの、模倣し得ないもの、ひいては音楽の価値について、著者は平明に語ってくれています。「模倣は是か非か」という乱暴な問いは、その有効な範囲を考えることによって洗練させることが可能でしょう。そして、結果的に自ずから「創造性」にも気付くことが出来るのではないでしょうか。

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書籍情報

『音楽の不思議』
別宮貞雄 著
出版社:音楽之友社(ISBN:4276200806)
1971年6月25日第1刷発行
サイズ:461ページ