“型”としての作曲技術~『作曲の基礎技法』を読んで

※『作曲の基礎技法』の内容紹介はこちら。

まずこの本は、作曲の技術的側面に的を絞った技術書だと言えるでしょう。音楽としての「形」を成立させるための技術、身に付けるべき音楽の「型」といったものを、数個の音符から大規模な形式に及ぶまで具体的に説明しています。

特に、著者がこの本の目的とすることの中に、「まず第一に、作曲にも音楽にも、特別な才能を持たぬ普通の大学生(音楽学校生)のために」と記していることからも分かる様に、まず見習うべきだと考えられる技術的なことを初心者に伝えるためのガイド、というような性格が伺えます。

前書きには次のような文章がありますが、これがなかなか皮肉の効いたもので、思わず唸ってしまいます。

学生にとってもっとも難しいのは、「インスピレーションもなしにどのようにして作曲するか、その方法を見つけることである」ということがよく分かった。その答えは「不可能」ということだ。(中略)役に立つただ一つの方法は、問題の解決法はただ一つではなく、非常にたくさんあるということを、分からせることであるように思う。 (p8)

笑えるような、笑えないような、なかなか辛らつな言葉です。しかし、この突っぱねたような著者の態度とは裏腹に、その内容は大変充実しています。「模倣の効用と限界~『音楽の不思議』を読んで」でも触れていますが、音楽における「型」というものを知る術として、本書は質の高い情報を提供してくれるでしょう。

例えば、「テーマ」と題された第1部の「動機」の章では、ほんの数個の音符から成るモチーフの具体的な技術的操作について、事細かに記されています。そして、そこには価値判断は持ちこまれず、過去の名曲と呼ばれるものを引き合いに出すことはあっても、例同士の価値を比較することはありません。あくまでも「型」を身に付けるための技術ガイドなのです。この著者の割り切りは、技(わざ)の習得に集中できるという意味において、読者にとってのメリットとなるのではないでしょうか。

インスピレーション(ひらめき)というものの存在は確かにあるのかも知れず、それは作曲においても大きなウエイトを占めるものかもしれません。しかし、忘れてはならないのは、そのインスピレーションを音として具体化するための技術はひらめきによって得られるものではなく、作者の日頃の技術的積み重ねの成果として現れるものだ、ということだと思います。

つまり、ひらめきが具体的な音楽に成る時には、その作曲者の作曲スタイルを経た音楽が出来上がって来るものなのだということです。そして、そのスタイルの基盤となる技術の重要性を、著者は訴えたいのではないでしょうか。著者による冒頭の皮肉な前書きは、とかく作曲において過剰に重要視されがちなインスピレーションというものに対し、それを過信したり盲従することに対する警鐘として書かれた様に感じます。

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書籍情報

『作曲の基礎技法』
アルノルト・シェーンベルク 著
出版社:音楽之友社(ISBN:4276106206)
1971年4月20日初版発行
サイズ:254ページ