レビュー『音楽の認知心理学』リタ・アイエロ編著
認知心理学および教育学、美学などの専門家たちによる、音楽をテーマとした研究論文集です。教育学の章などでは、心理学の実験現場からのレポートとしての色合いが濃く、音楽の心理学的アプローチの実際を垣間見ることが出来ます。
本書の位置づけとしては「この分野における入門書」ではありますが、総じて専門色が強く、心理学への関心や造詣のある方向けです。詳しくは、目次の項目をご覧いただければ、本書の概要を把握してもらえると思います。
レビュー
「人は音楽をどの様に知覚し、認知するのか」を心理学の面から問いかけ、その謎に迫ろうとするのが本書です。内容は、心理学、教育学、美学、音響学における現在までの到達点と問題を紹介したものです。リタ・アイエロ氏をはじめ、様々な著者の詳細な研究を読むことが出来ます。
例えば、ニコラス・クック氏による「第3章・知覚」の内容は、音楽表現を行う側としての興味をそそられるものです。「音楽理論は心理学の一領域である」と言われていること、例えば音楽と感情の相関関係といったものに対して、クック氏は反論で挑み、「心理学者達は音楽を音符の集まりとしてか見ていなく、音楽の意味を考えていない」と嘆きます。
感情と音楽の関係は、作曲者にとって無視できず、人によってはその関係が自覚されずにあるものでしょう。音楽が人の心理面を動かすという事実がある以上、そのことに「頭と心で」向かい合う必要があるでしょう。そして本書は、より深く向かい合うための良き道案内になると思います。
また、「第7章・旋律の輪郭と旋律の記憶」では、人が旋律を認識しそれを記憶することについて、て旋律の輪郭という概念の重要性をあげて論じられていますし、続く「第8章・音楽における調性の心的表現」では、人が調性音楽を聴いたときに感じる「調らしさ」について、それが成り立つ仕組みを論じており、それぞれ作り手の側からも興味深い内容となっています。
書籍情報
『音楽の認知心理学』
リタ・アイエロ 編著
出版社:誠信書房(ISBN:4414302838)
1998年3月10日第1刷発行
サイズ:371ページ
『音楽の認知心理学』の目次
- 序文/謝辞/日本語版への序
- 第 I 部 哲学的視点
- 第1章 音楽における情動と意味
- まえがき / 音楽経験の本質についての過去の立場 / 音楽に対する情動的反応の性質とその存在を主張する根拠 / 情動の心理学的理論 / 音楽経験に関する情動理論 / 音楽の意味
- 第2章 音楽と言語-類似点と相違点
- まえがき / 音楽と言語の類似性 / 音楽の音韻論──言語の音韻論との比較 / 音楽の統語論──言語の統語論との比較 / 音楽を聴くこと──意味はどこにあるのか / 情報理論 / 要約
- 第3章 知覚-音楽理論からの展望
- まえがき / 音楽と心理学──睦まじき中? / 人は調性構造を聴いているか / 音楽の心理学? それとも聴覚訓練の心理学? / 音楽の理論? それとも心の理論? / 理論は音楽知覚の反映か、それとも音楽知覚に挑むものか
- 第 II 部 発達的視点
- 第4章 子どもとおとなの歌唱-音楽への発達的アプローチ
- まえがき / 音楽的才能──生まれつきの能力か、それとも発達するものか / 発達──知識の構築 / 音楽的発達の段階──専門家の見解 / 操作的思考──演奏にともなう認識と調整 / 調性の知識──輪郭スキーマ、標準歌、音階 / 知の表現──「感じたままの道」あるいは正式なシステム / 就学前の児童の歌唱──基本的な表現形式の構築 / 音高関係の発達 / 歌の収集とデータベースの作成 / 調性空間の最初の境界の構築 / 文化との出会い──児童期そしてそれ以降 / 文化の中の歌──操作的知識をめざして / 音楽的研究──継続する発達の道 / 発達と才能
- 第5章 新しい聴き方をするようになること
- まえがき / 知識があることと実践すること / 意味づけを行うこと / 私の研究方法について / パラドクスをどう考えるか / いろいろな聴き方をする / Met と Mot がお互いの聴き方を理解するようになるまで / 私たちの対話について / まとめ
- 第6章 音楽演奏-表現と演奏の上達
- まえがき / 表情豊かな演奏 / 卓越した演奏への上達 / 結論
- 第 III 部 旋律、調性、リズムおよびタイミングの認知
- 第7章 旋律の輪郭と旋律の記憶
- まえがき / 旋律の輪郭とは何か / 旋律の輪郭の重要性──実験的証拠 / 調性の役割 / 旋律の輪郭についての記憶 / 要約
- 第8章 音楽における調性の心的表現
- まえがき / 「音高」の関係 / 和声的文脈 / 調的文脈 / 調の同定に関する研究 / 要約
- 第9章 調性と期待
- まえがき / 調性に基づく期待と美的体験 / 調性に基づく期待のパズル / 期待と心的表現 / 図式的期待の測定 / 期待と調性的階層 / 図式的期待は音の構造や聴覚生理学で説明できるか / 調性に基づく期待はどのようにして学習され得るか──ニューラルネットワークによるモデル化
- 第10章 熟練した音楽家による時間比率の知覚、生成、模倣
- まえがき / 時間の心理物理学の三つの実験課題 / 1/x拍の知覚判断 / 1/x拍の生成 / 知覚判断の追加分析 / 生成の追加分析 / 拍の多重分割の生成 / 生成のフィードバックモデルの予測がはずれた原因の推察 / 1/x拍の模倣 / 1/x拍の知覚、生成、模倣の情報の流れを表すモデル / 要約
- 第11章 演奏における解釈的要素
- まえがき / 実験データ / 討論
- 第 IV 部 音楽作品の知覚
- 第12章 音楽聴取の実験的研究の可能性
- まえがき / 音響心理学の影響 / 言語心理学の影響
- 原注/文献/監修者あとがき/索引/原執筆者紹介/訳者紹介
著者について
リタ・アイエロ
マンハッタン音楽院ピアノ専攻卒業後、コロンビア大学大学院で音楽教育学および心理学を専攻。教育学博士。現在、ニューヨーク市立大学・クイーンズカレッジ・アーロンコープランド音楽院準教授。ジュリアード音楽院教授。音楽の知覚認知心理学を教えている。(本書より引用)