積み上げる作曲~『作曲の基礎技法』を読んで

※『作曲の基礎技法』の内容紹介はこちら。

著者は、作曲の初心者に対して次のようなアドバイスをしています。

初心者は、これから創造しようとする楽曲を全体像として(一気に)心にえがくことは不可能である。そこで、簡単なものから複雑なものへとしだいに進めていって、最後に全体像を形成するようにしなければならない。(中略)作曲の手始めに、音楽という積木を積み重ねて、それらを知的に、たがいに関連させることからはじめるのが、もっとも効果的だと思う。 (p17)

ここで言う「音楽の積木」とは、本書においては楽句(フレーズ)や動機(モチーフ)といったものを指しています。そして、「積木」のひとつひとつの中身は、作曲者によってその姿、大きさや重みが変わるものだと思います。私自身、この「積木の積み重ね」という比喩は、比喩以上の意味を持って実感している事項でもあります。

私がある曲の作曲を始めるに当たって、目標とする音楽の完成形は必ずしも明確ではありません。それどころか、当面の使用楽器を漠然と決めておくだけで始めることもあります。ただ、創りたいという衝動がある状態だとも言えます。そして、いわゆる「動機」のような断片的フレーズや和音をつくり、それを元に全体を構成して行きます。

この、「構成して行く」というプロセスにおいて、「音楽の積木」という例えが実際のものになります。「建築は凍てれる音楽である(音楽の構造)~『音楽の不思議』を読んで」で取り上げた、音楽における重力(時間の流れ)という考え方が、ここで非常に重要になって来るのです。さて、積木の積み重ね方、つまり「音楽の形式」にはある程度のモデルが考えられ、実際そのモデルに準じた形式を持った音楽が多く存在しています。言い換えれば、基本モデルの変形・応用の範疇で捉えることの出来る曲が多いということになるでしょう。それは特にポップスや古典派時代のクラシック音楽に多く見受けられます。

ちなみに、モデルとは、「イントロ~Aメロ~ブリッジ~サビ~」といった形式や、「ソナタ形式」、「ロンド形式」等のことです。これらのモデルは、楽想の断片(フレーズ、モチーフ等)を流し込む器としてとても便利で、また楽想の魅力を引き出してくれもします。ポップスの作曲をされている方の中で、そういったモデルを無意識の内に使っている人は、モデルの有用さ・有効性を知らず知らずの内に享受しているのだと言えるでしょう。つくり手と聴き手に共有されているモデルは、双方の理解の大きな助けになります。

しかし、こう言って良ければ、本来モデル(形式)とは、その曲の独自性と一体のものだと思うのです。形式が先にあって作曲が行われていくのではなく、作曲が行われた結果として形式が生み出されるのではないでしょうか。例えば、ある曲が、作曲者の正直な創作の結果として形を成したとします。それが聴き手にとって、今までに馴染んでいた形式から外れた印象を与えるものだとしても、その曲がその曲であるためにそういう形式に至ったのであれば、それによって曲の価値が何ら変化するものではなく、むしろそれは新たな形式の顕れだと思うのです。よく、オリジナリティのある作曲者の名前をとって「**形式」と呼ばれることがありますが、まさにそのことです。

さて、そう言う訳で、私の場合はモデルを意識しないで作曲を進めて行くことがよくあります。結果的にそういった一般的なモデル、形式に則った音楽になることもしばしばなのですが、その場合は元々その曲の性格にそういう形式がピッタリだったのだ、と思っています。具体的には、メロディックな曲でも音響優先な曲でも「三部形式」になることが多い様です。曲の最後の方で、曲の出だし部分(提示部分)を何らかの形で回顧することがよくあります。

構成して行くに際し、重力(時間の流れ)という考え方が重要になると述べましたが、実際にはどういうことなのでしょうか。

曲の冒頭で、まずモチーフ等から何らかの音楽的まとまりをつくります。これは8小節程のメロディー・伴奏等の断片かもしれませんし、数十小節にわたる旋律の流れかもしれません。それが一旦出来あがると、それを繰り返し聴きます。時に客観的に、時に浸りきって聴きます。そして、そのまとまりに積み上げることの出来る、別の新たなまとまりをつくりだします。

そして再び、積み上がったところまでを繰り返し聴きます。その時、その「積み上げ具合」をよく味わい、判断します。積み上げた姿が不恰好ではないか、不自然ではないか、もしくは、不恰好だがそれが良いアクセントになっているのか、不自然さが次への弾みになりそうなのか、そういったことを判断します。

作曲がさらに先に進んだ時点で振り返って見た時、その時には良かったものでも全体としては相応しくないということも起こります。そうなると、一旦解体して積み上げ直すことになります。または、良くない部分を補う「補強材」を挿入してみたりすることもあります。そうなると、それはそれで新たな姿を見せ始め、今まで感じていたそれまでの全体像がガラリと変わることもあります。

そうやって作曲している内に、「その曲がまとまりたがっている姿」というものが、おぼろげに見えてくる様になります。こうなってくると完成まであと一歩です。最初から完成形を想定しない(出来ない)のは、この自然な「まとまろうとする姿」を大切にしたいからです。

作曲をされている方の中で、「全体を上手くまとめられない」とか、「最後までつくり切れない」という人は、既存の形式に当てはめることを一旦忘れ、ご自分の曲が進んでいく方向、その積み上がり具合をよく感じ取りながら、「これ以上積み上げられない、積み上げたくない」というところまで作曲してみるのは如何でしょうか。結果的に摩訶不思議な音楽が出来あがったとしても、それは紛れも無くあなたの音楽です。

※『作曲の基礎技法』の内容紹介はこちら。

書籍情報

『作曲の基礎技法』
アルノルト・シェーンベルク 著
出版社:音楽之友社(ISBN:4276106206)
1971年4月20日初版発行
サイズ:254ページ