ワイルドカード・コンセプト~『リディアン・クロマティック・コンセプト』を読んで

※『リディアン・クロマティック・コンセプト』の内容紹介はこちら。

作曲者が様々な体系的な音楽理論に触れることのメリットには、作曲時の音楽的思考に際して様々な音楽イメージの座標系(ものさし)を持ち込めるというものがあるでしょう。逆にいえば、体系的な音楽理論(作曲法タイプ)というものは、発案者の音楽イメージに現れる傾向を、システム(理論体系)にまで高めたものだということが出来るのではないでしょうか。

さて、この本に接するにあたっては、読み手の意識を変えねばならないのでは、と思います。それは、この本が理論書としてだけではなく「啓蒙書」としての性質も持っていると考えられるからです。

この本を読んで何か具体的な音楽を作ろうとすると、それは大変困難だということに気付かれるはずです。確かにここにも閉じた法則体系が存在します。しかし、その法則から導かれる音世界はあまりにも自由なのです。ある方法を提示しても、その方法を無化しかねない程の柔軟性をその後の説明で加えて行きます。そして、読み進めるうちにその自由に圧倒されてしまいます。

うがった見方をすれば、「平均率の12音全てを自由に使って良い」ということを理論的に証明しようとしているかの如くです。しかし、作曲者にとって大切なのは、12音全てを自由に使えるかどうかではなく、12音を使っていかに音楽的に美しい(もしくは逆の)表現が出来るかなのですから、そのような事は大した問題ではないともいえます。「できる」ということよりも、「どうするか」が問題なのです。

そして、ここに啓蒙書としての性質が垣間見えます。「コンセプトをあげるから自由にやってごらん」というこの言葉に励まされて、ジャズ界において様々な音楽が生まれていったことは事実です。このことはまさに啓蒙が功を奏した結果だと言えます。特に、「モード」の概念が生まれる土壌を作った事は特筆に価するでしょう。「モードを使う者は皆、ラッセルに借りがある」と言う著名人もいます。

さて、「コンセプト」と冠されていることからも解かるように、著者としてはシステム(理論体系)ではなく概念であると言いたいのでしょう。自然倍音列を根拠とするリディアン・スケールを立脚点とし、そこから様々な音楽素材の可能性の集合を提示し、また、その可能性の集合を元にして既成曲の分析を行い、平均率上の音楽は全てこのコンセプトの範疇にあることを力説します。

分析法としては非常に柔軟です。しかし、このコンセプトから具体的な作品を生み出すとなると、はたと足が止まってしまいます。それは、このコンセプトからは発案者の音楽イメージが聞こえにくいことが遠因であろうと考えられます。

十二音作曲技法にしろ、旋法理論にしろ、そこからは実作の歴史的集積や音楽イメージの指向を感じ取る事が出来ます。言い換えるなら、発案者に聞こえる、発案者の感性の中にある音楽イメージを体系化しようとしたものが、その理論ではないだろうかということです。

よって、その理論に触れた他者はその音楽イメージを一つの座標系(ものさし)として、新たな音楽の創造を進めて行くことも可能となることでしょう。

しかし、リディアン・クロマティック・コンセプトには音楽イメージの体系化としての面は見えにくく、その代わりに平均率世界の音楽の全てを飲み込もうとする強度を感じます。分析法として柔軟であるというのは、この様な点を指してのことです。そこで、その分析法としての優秀さを利用しない手はありません。特に、「調性引力」や「トニック・ステーション」等といった概念は即、音楽的思考にフィードバック出来そうなものです。きっと、音楽に対する新しい視点を獲得する事が出来るでしょう。

この様に、リディアン・クロマティック・コンセプトに接するメリットとしては、新しい音楽イメージに触れられることよりも、新しい音楽的視点を手に入れることの方が大きいように思われます。

なお最後に、私が以前から持っていた、同書に対する問題意識や疑問の顕在化に際し、濱瀬元彦氏の著作が大きな役割を果たした事をここに明記しておきます。

※『リディアン・クロマティック・コンセプト』の内容紹介はこちら。

書籍情報

『リディアン・クロマティック・コンセプト』
ジョージ・ラッセル 著
出版社:エー・ティー・エヌ(ISBN:475493072X)
1993年6月20日初版発行
サイズ:187ページ