回答法という回答~『コード・スケール ハンドブック』を読んで
スケール(音階)に関する理論の多くは次の様な要請から生まれています。ある和音が鳴っているとき、旋律にはどのような音の可能性が有るのかというものです。逆に、旋律から和音の可能性を導くことも考えられます。しかし、これらはスケール概念の一側面に過ぎないのですが、多くの本はこの先までは触れません。大抵、「長調の I 度の和音にはイオニアンかリディアン・スケールが用いられる」といった対応を示して、コードとスケールの羅列に終始しています。
この「コード・スケール ハンドブック」は、著者による「ポピュラー音楽理論ハンドブック3部作」の第3部にあたります。この本も一見すると「羅列タイプ」に見えますが、第三章の「コード・スケールの考え方」において独自のカラーを出しています。著者の方針が伺える部分を前書きから引用させて頂きます。
具体的なコードにはさまざまな用法があり、その用法のそれぞれに、コード構成の根拠となっているスケールが存在します。これを逆に考えると、スケールの構成音を凝縮したのが、3~4音によるコードの構成音(コード・トーン)だといえます。第一次的な凝縮に加えられなかった音がテンションであり、さらに取り残されたのがアボイド・ノート(コード・サウンドから除外される音)というわけです。
これまで、コード・スケールに関して、コードの用法ごとの基本的な照合が示されている参考書は多くみられますが、その理由付け、あるいは考え方について触れているものは、非常に少ないのが現状です。
そこで本書では、通常多用されているコードのコード・スケールを、さまざまな角度から考えてみることにしました。ただ単純にコードとコード・スケールとの関係を覚えてしまうだけでは、コード・スケールの本格的な理解とはいえないと思うからです。 (本書「はじめに」より)
さて、スケールについて語ろうとする時にまず机上に上がるのが、「教会旋法」と呼ばれる一体何の役に立つのか解らないと思われがちな音階群です。確かにこれらは長音階の各構成音を主音として並べ直しただけのものです。しかし、著者は「調性に基づく考え方」を用いて各ダイアトニック・コードからスケールを作りだし、それが教会旋法と等しくなる関係性を見せてくれます。
教会旋法の歴史的成り立ち等については触れられていませんが、一見同じ音階の並べ直しに過ぎないと思われがちな各スケールの個別性の根拠が、各ダイアトニック・コードから導かれ示されています。
著者は「調性に基づく考え方」の他に、「代理関係に基づく考え方」と「後続するコードに基づく考え方」を提示しています。そしてこの三つの考え方を用い、スケールを導き出す様子を見せてくれます。例えば、大抵の理論書は、ドミナント7th・コードに対応する複数のスケールを羅列するだけに終わってしまいがちです。しかし、この本では「後続するコードに基づく考え方」を用いて、細やかに数々のスケールを導き出して行きます。
この本の特徴は、この「考え方」に集約されるでしょう。結果のみを記して「後は各自試しなさい」というスタンスの目立つ中で、プロセスの説明がなされている同書の存在は貴重と言えるでしょう。
しかし、この本はスケールそのものの考察に終始し、使用例や実作品の分析といった項目が無い点が惜しまれます。紙数の都合であることは理解できますが、そのために取り付き難い印象を持ってしまいます。この本を読んで同感できる人は、すでにスケールに対する何らかの発想を持っていることでしょう。逆に、スケールを理解しようとする人にとっては、何の役に立つのか、何を説明したいのかすら解らない、という状況に陥る恐れがあると言えます。
コードとスケールの関係として思い浮かぶのは、バークリー・システム(理論)でしょう。ジャズの理論的体系化に貢献したこのシステムは、狭い枠を作ってしまう結果も生みだしてしまいました。その問題点については別コラムに譲るとして、このシステムでは、スケールに関する部分はコード理論を理解している前提で解説されています。つまり、スケールを足がかりに発展的なサウンドを得ようという方向性が伺えるのです。
この本も、3部作の最後という位置付けから解るように、発展への足がかりという印象を受けます。コードについて理解を進め、実作によって経験を積んで来た人がぶつかるであろう、「スケールについての疑問」の回答法がここにあるのかもしれません。答えではなく、あくまで回答法ですから、その方法を身に付けなくてはならないでしょう。
その回答法を身に付けた時、いつのまにか新たなサウンドの世界に足を踏み入れているのかもしれません。
書籍情報
『コード・スケール ハンドブック』
北川祐 著
出版社:リットーミュージック(ISBN:4845603624)
1989年2月10日第1版発行
サイズ:80ページ