レビュー『日本楽器法』三木稔 著

日本楽器を用いた独自の音楽で知られる三木稔氏による、邦楽器(日本楽器、和楽器)版「管弦楽法」と呼ぶべき一冊です。日本の管楽器・抱絃楽器・伏絃楽器・打楽器それぞれの構造・調絃・演奏技術、そして実際の作曲への運用方法などが詳細に解説されています。

嬉しいことに、掲載されている譜例の多くが演奏されて2枚のCDに収められています。その演奏CDと著者の創造的体験が交えられた実践的な解説とアドバイスは、類書の無いものとして大変貴重な内容となっています。また、英語版が2008年9月に出版されたことからも、本書の持つ意義の高さが伺われます。

ちなみに、三木氏は伊福部昭の門下生とのことで、こうして優れた邦楽器の楽器法を著されたのも何か自然なことだったように思えてきます。

戦後の一時期、邦楽器を西洋音楽の側へ引き寄せて扱う傾向が強く、邦楽器奏者の中にも各楽器の調律をあえて西洋の音階へ近づけようと努力する者も多く出ていたようです。対して「伝統ありのままの和楽器の響き」と対峙して作曲を行う者、また、西洋音楽のエクリチュールの空間で邦楽器に新たな光を当てようとする者など、ある意味で邦楽が前衛音楽の混乱に巻き込まれたような、そんな様相もあったように思います。

そういった時代を経て書かれたからでしょうか、本書は音階や旋法の研究には深入りせず、楽器が本来表現できる音列やその響きの特徴と個性を尊重する姿勢で一貫しています。ちなみに著者自身は、「五音音階の特長を生かしつつ、より拡大された音階を作って各楽器に適応できる方法を試みてきた」と述べており、CDに収録されている抜粋を聴いた印象もそれに合致していると感じました。

譜例を見ながらCDを聴くと分かりますが、邦楽器の演奏(に限らずローカルな音楽全般に言えますが)には、西洋音楽の記譜法からこぼれ落ちている要素がいかに多いかが聴こえてきます。バッハの音楽は着メロの音でもバッハに聴こえるのとは逆に、日本音楽はその一音一音の演奏/響きに込められたものの重さゆえに、譜面という抽象化にはそぐわないという感をあらためて持ちます(「一音成仏」という言葉にそれは集約されるでしょう)。

本書は、管弦楽法(楽器法)という西洋音楽の記述スタイルを用いたことによって、それが時にフィルターとして、また時にはリトマス試験紙のような働きをなし、結果として日本楽器のもつ特徴や特質をあぶり出して明瞭にすることに成功した本だ、という風に言えるでしょう。

書籍情報

『日本楽器法』
三木稔 著
出版社:音楽之友社(ISBN:4276106958)
発行日:1996年10月10日
サイズ:238ページ

『日本楽器法』の目次

  • 序説
  • 第一章 管楽器
    • 第一節 篠笛
      • 1.構造 / 2.基礎音階各種と派生音、運指 / 3.音域・音色 / 4.吹奏の技術 / 5.手の技術
    • 第二節 竜笛
      • 1.構造 / 2.基礎音階と派生音、運指 / 3.音域・音色 / 4.吹奏の技術 / 5.手の技術
    • 第三節 能管
      • 1.構造 / 2.基礎音階と運指 / 3.音域・音色 / 4.吹奏の技術 / 5.手の技術
    • 第四節 尺八
      • 1.構造 / 2.基礎音階各種と派生音、運指 / 3.音域・音色 / 4.吹奏の技術 / 5.手の技術
    • 第五節 篳篥(ひちりき)
      • 1.構造 / 2.基礎音階各種と派生音、運指 / 3.音域・音色 / 4.吹奏の技術 / 5.手の技術
    • 第六節 笙
      • 1.構造 / 2.基礎音階と運指 / 3.音域・音色 / 4.吹奏の技術 / 5.手の技術
  • 第二章 抱絃楽器
    • 第一節 琵琶
      • 1.構造 / 2.音域と調絃・調音 / 3.左手の技術 / 4.右手の技術
    • 第二節 三味線
      • 1.構造 / 2.音域と調絃・調音 / 3.左手の技術 / 4.右手の技術
    • 第三節 特殊な三味線についての追記
      • 1.太棹(義太夫三味線) / 2.太棹(津軽三味線) / 3.三線
    • 第四節 胡弓
      • 1.構造 / 2.音域と調絃 / 3.左手の技術 / 4.右手の技術
  • 第三章 伏絃楽器
    • 第一節 箏
      • 1.構造 / 2.音域と調絃 / 3.左手の技術 / 4.右手の技術
    • 第二節 特殊な箏についての追記
      • 1.楽箏 / 2.十七絃箏 / 3.二十絃(21絃)箏
  • 第四章 打楽器
    • 第一節 革の打楽器
      • 1.小鼓 / 2.大鼓 / 3.壱鼓・三の鼓 / 4.鞨鼓 / 5.楽太鼓(雅楽用) / 6.大太鼓 / 7.楽太鼓(俗楽用) / 8.締太鼓(またはたんに太鼓) / 9.大拍子 / 10.桶胴太鼓 / 11.団扇太鼓 / 12.その他の太鼓
    • 第二節 木と竹の打楽器
      • 1.ささら(簓) / 2.びんざさら(編木) / 3.しゃく拍子 / 4.拍子木 / 5.木鉦 / 6.木魚 / 7.四つ竹 / 8.小切子 / 9.鳴子 / 10.魚板・板木
    • 第三節 金属と石の打楽器
      • 1.鐘 / 2.きん / 3.鉦鼓 / 4.金鉦 / 5.鉦(しょう) / 6.鉦(かね・当り鉦) / 7.銅鑼 / 8.鐃ぱち / 9.チャッパ(銅拍子) / 10.鈴 / 11.オルゴール / 12.サヌカイト
  • 三木稔 日本の楽器を含む作品表
  • あとがき

著者について

三木稔(みき みのる)

徳島市生まれ。東京芸大作曲科卒。箏、尺八、三味線などの邦楽器(日本楽器、和楽器)への作品で知られる。とくに開発から関わった二十絃、二十一絃箏への作品は後の作曲家が範とする。代表曲の一つ、《マリンバ・スピリチュアル》は打楽器曲の名曲として世界的に有名。