レビュー『未聴の宇宙、作曲の冒険』湯浅譲二/西村朗 著

著者は共に現代音楽界で活躍を続ける作曲家であり、これまでに個性的な作品を世に問うてきた個性的な人物たちです。本書は、そんな両者が創作について縦横に語り合った、奔放な対談集です。

湯浅譲二作曲『オーケストラの時の時』、『ヴァイオリン協奏曲』などのグラフスコアが掲載されており、第3章ではそれらの作曲プロセスが開陳されているので、氏の音楽に共感を覚える人にはとても具体的で興味深いものになっています。

湯浅氏の言葉を借りれば、本書の話題は「現代の音楽創造に関するほとんどあらゆる問題、また作曲家を存在せしめている直接、間接、背後的世界、つまりコスモロジー(詳細は本文)」にまで及んでおり、作曲家が日々意識するものごとを知る、その契機となる一冊でしょう。

レビュー

親子ほども歳の違う二人ですが、現代音楽界をリードし続けている両人の対話は、ときに思い出話のような雰囲気の話題あり、ときに具体的な技術論が丁々発止と繰り広げられる場面あり、同じ音楽創造を手掛ける者ならではの言葉の切り結びが鮮やかに文章となっています。

私の場合はむしろ、“鮮やか”というよりも“生々しさ”を感じたのですが、これは二人が同じ表現のフィールドに立つ者同士ゆえに、話がある種の核心へ直ぐに近付いてしまい、その話題を読むこちらに緊張感や高揚感をもたらすことがその理由だったのかもしれません。

西村氏は、湯浅氏の言葉からひだを分け入るようにして、更なる本音を引き出そうと躍起になる(そしてスルリとかわされる)場面があったり、第6章「内宇宙への旅」や最後の対談部では、自らの死生観と創作とのつながりを静かに熱く語る姿が印象的です。

本書の見所はいくつもありますが、第3章での(グラフを用いた)作曲技法に関する対話で湯浅氏は、能や舞における呼吸に言及し、息の持続が音楽の持続であるという見地から、音楽時間の構成概念や作曲思考のプロセスを開陳しています。

そして、一見素朴とも見える表現論についても、つくり手ならではの自己洞察が背景にあることから、独特のやり取りがそこに生じています。

「(芸術というものは)知らない世界へそれを享受する人を連れていってくれるようなものが素晴らしい」と湯浅氏が言えば、西村氏は「まず、自分が行かなきゃならない」と受けつつも、「(自分のつくり出した音楽を通して)自己体験することになると、どうしても自己陶酔的になったりとか…」と、そこでコントロールを欠くことの危惧を述べます。

そして湯浅氏は、内なる世界の未知なるものへの探査と自己陶酔とは違うという思いを語り、観念的な話題に傾いていくかと思いきや、再び具体的な楽器論や作曲法へと回収されて行きます。こうした「実践者のバランス感覚」とも言うべきものが全体を覆っているのです。

私は日頃から、自分が観念的な思いの世界と具体的な方法論&実践の世界を、疑いと不安に揺れ動きつつ行き来し続けていると感じていますので、こうして自分の言葉で己を語ってくれる作曲者たちの存在は励みであり貴重です。

書籍情報

『未聴の宇宙、作曲の冒険』
湯浅譲二/西村朗 著
出版社:春秋社(ISBN:4393935365)
発行日:2008年11月20日
サイズ:353ページ

『未聴の宇宙、作曲の冒険』の目次

  • はじめに──湯浅譲二
  • I
    • 第1章 創造とコスモロジー 宇宙観・自然観・宗教観
      • 1.コスモロジーとは何か / 2.宗教と言葉の発生 / 3.禅と能の宇宙観 / 4.作曲に向かうコスモロジー / 5.聴取のコスモロジー
    • 恐るべし JOJI YUASA
    • 第2章 実験工房のころ
      • 1.友情に支えられて / 2.クールな精鋭たち / 3.現代音楽シーンのなかで / 4.さまざまな影響を越えて / 5.実験工房、その後 / 6.アウトサイダーとアカデミズム
    • 一即多、多即一の科学
    • 第3章 作曲技法について 音楽的思考の射程
      • 1.電子音楽スタジオからの出発 / 2.器楽曲へのグラフ思考 / 3.グラフとスコアの関係 / 4.システムの構築 / 5.リズムとパルス / 6.音楽手法の変遷 / 7.タケミツの弁明
    • アナログとデジタル
    • 第4章 時代と環境の風景 戦後社会の中で
      • 1.終戦の日のこと / 2.遥かなる磐梯山 / 3.国家と政治と音楽と
    • 現代美術に魅かれて
  • II
    • コンサートホールの片隅で
    • 第5章 創作の風土 日本的なものをめぐる対話
      • 1.時間の構造──日本的なものの在処 / 2.現代邦楽へのスタンス / 3.日本的アイデンティティの風土 / 4.音楽の意味──他者に音楽はどう伝わるか
    • 原風景の響きへ
    • 第6章 内宇宙への旅
      • 1.“聴く”から“作る”へ / 2.迷妄の時、変革の時 / 3.創造の脈動 / 4.ゾーンの意味──≪蓮華化生≫をめぐって
    • 作曲家の元祖ベートーヴェン
    • 第7章 メディアと音楽思考
      • 1.オーケストレーションの実験 / 2.音色 / 3.声と言葉 / 4.発音と発声法 / 5.オペラ創作の可能性
    • 映画音楽での発見
    • 第8章 命の交感 演奏家との協働
      • 1.作曲のヴィジョンを超える / 2.楽譜は壁にあらず / 3.若い世代への期待
    • 実存と認知科学のゆくえ
    • 第9章 二〇世紀、現代作曲家がゆく
      • 1.ウェーベルン以後 / 2.モートン・フェルドマン / 3.ヤニス・クセナキス / 4.ルイジ・ノーノとカールハインツ・シュトックハウゼン / 5.ジェルジ・リゲティとルチアーノ・ベリオ / 6.ジョン・ケージ / 7.オリヴィエ・メシアン
    • 生死の境域
  • あとがき──西村朗
  • 年譜/譜例

著者について

湯浅 譲二(ゆあさ じょうじ)

1929年、福島県郡山市生まれ。作曲家

西村 朗(にしむら あきら)

1953年、大阪府大阪市生まれ。作曲家