レビュー『オーケストラ』アラン・ルヴィエ著

本書は、管弦楽法の歴史のガイドブックであり、各時代の作曲家たちの実践のダイジェストであり、管弦楽法の変遷の概要を示すものです。

著者は、管弦楽法を「それぞれ固有の音色をもつ楽器の一群を、音響の無数の組み合わせが可能な管弦楽という新たな楽器へと変貌させる技術」と定義し、モンテベルディからブラームスへと至る「古典的管弦楽」の誕生~成立を追っていくことから本書を始めます。

その上で、ベルリオーズの成した革新について詳細に追い、管弦楽の隆盛期と呼べる時代における各国の作曲家たち(R・シュトラウス、ストラヴィンスキー、ドビュッシー、ラヴェルなど)の作品を通じ、その管弦楽法の具体的な特徴を示していきます。

変遷の重要な地点としてベルリオーズの革命的成果が挙げられており、一章を割いて、その前例のない特質を総譜の小節番号を付記しながら解説しています。

例えば『幻想交響曲』では、第三楽章での第二ヴァイオリンとヴィオラの洗練されたやり取りのことや、第四楽章での凄まじく激動する音楽の真っ只中にクラリネットをむき出しに配置する手腕など、全曲をざっと追いながらその管弦楽の効果が語られていきます。

ベルリオーズの経験的かつ正確な音響学的判断力をもって『楽器法概論』が記され、最終的に大管弦楽団の姿が確立したわけですが、こうした“ベルリオーズの遺産”が継承されながら各地で花開いていく様子は第四章で描かれ、本書のひとつの山場として読み応えのある部分となっています。

『オーケストラ』は、管弦楽法の解説でありながらも同時に、管弦楽法に着目した微視的で個性的な作品ガイドという側面が見られます。

著者の語り口が、装飾的な形容の目立つやや熱を帯びたものということも相まって、モーツァルトやベートーヴェンの聴き慣れたはずの曲も、これまでとは異なるフォーカスの仕方で聴けるように促してくれます。

数小節の範囲ではありますが、スコアが掲載されているものとしては、R・シュトラウスの『ツァラトゥストラはかく語りき』、ドビュッシーの『遊戯』、バルトークの『青ひげ公の城』、シェーンベルクの『5つの管弦楽曲』などがあり、それらを切っ掛けに他の部分への興味も湧き出し、改めて聴き直したくなります。

ドビュッシーもその管弦楽法の素晴らしさに感嘆のメッセージを送ったという、ストラヴィンスキーの『ペトリューシュカ』も解説されており、うごめくようなトレモロ、トランペットのダイナミクスによる「ズームレンズ」の効果、熊使いの場面でのオーバーラップ(クロスフェード)といった技法へと目を向けさせてくれます。

新書サイズの薄めの冊子という体裁もあり、良い意味でダイジェスト的なつくりになっています。次々と目の前に示される作品とその技法の解説を読み進める内に、読み手の中で管弦楽法の萌芽から爛熟へ、そして分裂・拡散・変質・受容へと続く姿が連続体としてイメージされることでしょう。

何より、管弦楽法を学ぶ者にとっては、過去の作曲家達の作品を分析し吸収していくための“着目点”に関する、有益なガイドとして、またサポートとして役立つことでしょう。

管弦楽作品への関心の高い聴き手にとっても、作曲家の目線へ一段階近付くことが出来るという意味で読む価値の高いものと言えます。フランスの文庫クセジュの一冊として刊行されたものですので、専門的に走り過ぎることもなくコンパクトな音楽読み物として楽しむことが出来ます。

書籍情報

『オーケストラ』
アラン・ルヴィエ著
出版社:白水社(ISBN:4560057036)
1990年3月30日発行
サイズ:170ページ

『オーケストラ』の目次

  • はじめに
  • 第一章 管弦楽法
    • 管弦楽法の概念
    • 楽器法と管弦楽法
    • 管弦楽法の進歩
  • 第二章 古典的管弦楽の歴史
    • 前史
    • 『オルフェオ』の奇跡
    • 古典的大作曲家
    • ラモー、グルック、ハイドン
    • 古典的管弦楽
  • 第三章 ベルリオーズの革命
    • ベルリオーズの源泉
    • ベルリオーズの管弦楽
    • ベルリオーズの遺産
  • 第四章 現代の交響管弦楽
    • ヴァーグナー以降の管弦楽の拡大
    • 東ヨーロッパの色彩音楽
    • フランスの交響的作品の作曲家
  • 第五章 管弦楽の分裂
    • 室内管弦楽から器楽アンサンブルまで
    • 「欠如」管弦楽
    • 管弦楽の空間化
  • 第六章 いくつかの器楽グループ
    • 弦楽合奏
    • 管楽合奏
    • 打楽器
    • 鍵盤楽器
    • 撥弦楽器
    • 管弦楽のなかの独奏者
    • 人の声
    • 「騒音」
    • 古楽器と民族楽器の復活
  • 第七章 明日の管弦楽に向かって
    • ヨーロッパ以外の国からの影響
    • 電気エネルギーの闖入
    • 理想的な管弦楽団
    • 管弦楽団とその社会学
  • 結論
  • 付録1 いくつかの交響管弦楽団の沿革
  • 付録2 楽器編成一覧表
  • 訳者あとがき
  • 参考文献

著者について

アラン・ルヴィエ

著者のアラン・ルヴィエ(1945年パリ生まれ)はパリ音楽院でメシアンやロゼンタールなどに師事し作曲や楽曲分析において輝かしい成績をおさめ、1968年にはローマ大賞を獲得、1972年からブーローニュ=ビヤンクール音楽院長をつとめ、音楽学生のための教育用の作品を多くの作曲家に委託してきた。1986年、パリ音楽院長に就任した。

自ら作曲家でもあるルヴィエは、演奏者に身振りなどを要求することによってピアノやチェンバロの演奏の刷新につとめ、音の数学的扱いに関心を示し(さまざまな編成のための五巻の『侵略者のための練習曲』)、微分音程による旋法的な世界の創造にも取り組んでいる(『非平均律チェンバロ曲集』1979年)という。(本書より)