レビュー『音楽する精神』アンソニー・ストー著

副題に「人はなぜ音楽を聴くのか?」とあるように、本書は音楽と人間との根源的な関わりについて論じた骨太な音楽論です。古くはイデア論からショーペンハウアーを経つつ、新しいところではグリフィスやダールハウス、ランガーなどの論考を参照しながら、音楽を享受する喜びの源のことや作曲という創作の謎に踏み込んで行きます。

創作の衝動や音楽享受についての精神医学的な解釈のことや、古今の音楽美学に関心を持つ人には、ぜひ一読をおすすめしたい一冊です。また、ストーは人間の創造性に関する著作をいくつか出しており、その中でも『孤独(Solitude)』は人間の創造的な精神活動を詳細に論じている傑作であり、本書と併せて読まれると理解が深まります。

レビュー

著者は有名な精神医学者であり、かつ音楽をこよなく愛する人でもあります。幅広い知識と見識を踏まえたその文章からは、つくり手としてハッとさせられることが沢山あります。本書の主題となるのは「一人の聴衆の、音楽に対する反応」です。その「聴衆」とは音楽の聴き手であり、またつくり手自身でもあります。

音楽というものに触れた時の人間の反応、そしてその反応が起こる理由、そういったことを著者は、精神医学者らしい角度から見つめて行きます。カオス(混沌)を前にした人間は、どの様にそれに立ち向かうのか。人間の精神の在り様を考え続けてきた著者は、音楽が聴き手の内に現れるという、その心の働きを解き明かそうとしていきます。音楽は人間にとってどんな意味があるものなのか、または無いのか。

自分がある感情に囚われている時、それが焦りなのか、怒りなのか、嘆きなのか、憤りなのか、悲しみなのか、懸命に自問するうちにそれを見付けだし、不思議とそれと同時にそれまでの感情も色合いを変え、時には静まり、時にはより自覚され激しくなります。自らの創作の衝動に揺さぶられた時、それと対峙するための言葉を本書は与えてくれた様に思います。

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書籍情報

『音楽する精神』
アンソニー・ストー 著
出版社:白揚社(ISBN:482699012X)
1994年9月30日第1刷発行
サイズ:334ページ

『音楽する精神』の目次

  • はじめに
  • 1 音楽の起源と社会的機能
  • 2 音楽、脳、体
  • 3 根底にあるパターン
  • 4 言葉なき歌
  • 5 現実からの逃避か?
  • 6 音楽を一人きりで聴くこと
  • 7 世界のもっとも内奥にある本質
  • 8 生を意義づけるもの
  • 9 音楽の重要性
  • 謝辞/訳者あとがき/引用文献リスト/参考文献

著者について

アンソニー・ストー

著者のアンソニー・ストーは、1920年生まれ。ケンブリッジ大学で医学を修めたのち精神医学者として活躍している。その傍ら夥しい量の著作を著している。日本でもすでに数点の翻訳が出版されており、その活動の一端を窺うことができる。「性の逸脱」、「人間の攻撃心」、「人間の成熟」、「ユング」(以上岩波書店)、「孤独」(創元社)、「人間の破壊性」(法政大学出版)、「想像のダイナミクス」(晶文社)などの書名からも窺えるとおり、これらの著作は、人間の精神活動の根源に深く足を踏み入れ、総体としての人間の内奥に光をあてたものである。(本書より引用)