建築は凍てれる音楽である(音楽の構造)~『音楽の不思議』を読んで
古くから音楽は建築と密接に並べて語られることが多かった様で、表題の「建築は凍てれる音楽である」という一文は、その例として著者も紹介しているものです。この詩的な表現はなかなか素敵なものだと思いますが、皆さんにはどの様に感じられますでしょうか。
さて、建築と音楽とは、一体どこが似ているものなのでしょうか。それは、「重力」というものをキーワードにすると見えて来ると思います。このことを著者と共に観て行くことにしましょう。
まず、建築について観てみます。いきなりですが、石造りの塔やゴシック様式の教会といった建築や、日本の社寺仏閣を、上下逆さまにするとどうなるでしょうか。その姿を動かそうと逆さまにした途端に崩れ落ちてしまい、その姿を留めることは不可能でしょう。つまり、建築と言うものはそもそも上下関係というものに本質的に結びついているのだと言えます。
その「上下関係」とは何でしょう。それは「重力の働く方向」のことです。
建築芸術とは人間の重力との闘いの表現であり、建築の秩序の根本には重力の秩序、それをいかに処理するかという力学法則の秩序があるわけだ。 (p172)
本来は抗し難い「重力」というものに対し、ゴシック建築においては、アーチ形状という知恵を用いて巨大な建造物をつくり上げています。そして、それを観る者はその巨大さに圧倒されるのみならず、その重力との闘いを追体験することによる感動が生まれるのではないか、と著者は語ります。建築が存在し得、それが美となることの根本は、上層を下層がいかに支え、それがまたいかに下層に支えられているか、ということにある訳です。
このことを音楽に当てはめて、著者は次の様に語ります。
ある音の次に別の音がなる。次々と音が流れ出て、ある音でしめくくられる。それが音楽であるからには、あとの音が前に鳴った音をうけとめる、建築で下層が上層をうけとめる様にうけとめる。あるいはうけとめかねて音の勢いのようなものが生ずる、それをまとめて、がっしりとうけとめるような音がさらにあとにひかえる、たくさんの柱をまとめて梁がひきうけるようにうけとめる音が現れる。こういうように音楽はできているわけである。 (p173)
つまり、建築における重力に当たるものは、音楽においては時間だということです。音楽を終わりから逆さまに聴いてしまっては、その曲本来の姿は見えてきません。そこに聞こえるのは、建築物をひっくり返したガレキの山の様な音でしょう。
建築においては、石の場合はアーチ構造、木の場合は木組みや継ぎ手、梁といったものの工夫によって、大きな構造をつくり上げることが可能になっています。では、音楽においてはどうでしょう。やはり同様に、音の流れを要所においてがっしりと受け止めることが出来るような「からくり」の発明によって、大きな構造をつくり上げることが出来るようになっています。
その「からくり」とは何でしょうか。これは、音楽理論を少しでもかじったことのある方ならば誰もが耳にしたことのある、「ドミナント・モーション」と呼ばれるものです。「属和音からの解決」と呼ばれることもあります。西洋音楽の歴史において、この「強力な木組み継ぎ手」の発明は、音の大建築が建てられるようになるエポック・メイキングな出来事だったのです。
実際、西洋音楽の大規模化には、この影響が多大です。例えば、ベートーヴェンの交響曲の構造を支えるためには、ドミナント・モーションは無くてはならないものだと言えるでしょう。音楽が時間に乗ってグングン進んで行く感覚の仕組みは、こういうところにあると言えます。もっとも、現在においてはこの「からくり」だけに頼らない音楽もたくさんあります。
ドミナント・モーションの持つ強力な「前進感・時間感覚」を、野暮ったいもの、退屈なものとして嫌う傾向があります。進歩的歴史観から、「古臭くて駄目なもの」とする声も上がってきます。では、この「からくり」に代わるものとして、どのようなものがあるのでしょうか。
ひとつには、「時間に沿って前進すること(積み上げていく)」のではなく「変化し続けること」という風な、「構造の価値の変化」があります。この瞬間の響きはそれ以前とどの様に違い、またどの様に変化していくのか、そのことを至上価値とする構造があります。
具体的には、例えば「音響派」と呼ばれるような音楽があげられますし、テクノ・ミュージックの中の一派もそうでしょう。拡大解釈していけば、ポップスの中にもその傾向が観られるものがあります。ミニマル・ミュージックもこの中に入るでしょうが、この場合は「反復による音楽時間の空間化」という視点から観た方が面白いでしょう。
さて、こういったことを元にして、次の様な想像を働かせてみることは興味深いことでしょう。「音楽における重力の存在を無視するならば、つまり無重力のなかに音楽の構造をつくり上げるとしたら、どんな音楽が可能なのか」
著者は、このことは十二音主義音楽において既に行われて来たと言います。なるほど、そういった音楽を聴く限り、伝統的なドミナント・モーションを感じることはほぼ無いと言えます。そして、それらを聴いた時の、何とも言えない寄る辺無さを感じる時間感覚が、無重力空間に放り出された様な不安ということなのかもしれません。
しかし、その無重力感の中でこそ発揮できる構造の仕組みを考えてみることは、作曲技術のパレットを豊かにするための大きなポイントなのかもしれません。
書籍情報
『音楽の不思議』
別宮貞雄 著
出版社:音楽之友社(ISBN:4276200806)
1971年6月25日第1刷発行
サイズ:461ページ