1.意外と知られていない名著
(このページは「読んで欲しいこの一冊。『音楽をつくる可能性』特集ページ」の続きです。)
作曲の中身について書かれた本と言えば、和声法や対位法、コード理論といった「理論書」か、作曲家の自伝で語られる創作エピソードといったものがほとんどだと思います。もしくは、「心の赴くまま自由につくりましょう」的な、甘口の作曲ガイドブックが見られる程度です。
少々大げさな言い方になりますが、そんな現状の中において本書は、作曲において大切なものに気付き、目を向け、そしてそれを身に付けるために役立つ、具体的なアドバイスや実践法が書かれた稀有な本だと思うのです。そして、それらのアドバイスや実践を通して、音楽に対する深い理解が得られることでしょう。
とは言え、もちろん本書にも限界があります。著者は西洋音楽という枠組みの中の住人であり、ドイツ古典音楽の精神や、50~70年代の前衛音楽からの影響といったものを色濃く受けていることが伺えます。ちなみに、この著者の前著書である「音楽の語るもの」の内容は、当時の前衛音楽の手法を多く借りていたため、「まるで前衛音楽の技法書の様で、内容に偏りが有る」という批判もあった様です。
ですがその後、時を経て新たにまとめられた本書においては、そういった偏りは随分と払拭されました。しかし、やはり著者の拠って立つものは西洋音楽であることに違いは無く、そのことが限界を生み出していると思われます。とは言え、その限界領域内における著者の視線は鋭く、且つ本質を捉えていると感ぜずにはいられないもので、(西洋音楽における)作曲というものへの理解に大きく役立つことでしょう。
さて、実はこの「音楽をつくる可能性」は、小学校や中学校等の音楽の先生向けに書かれた「教育書」なのです。一般には、子供の創造性を伸ばすための授業を具体的に考案、実践するために活用されています。
ですから本書は、教育の世界(先生たちの間)での知名度が高く、実際、教育書として販売している書店も多い様です。そんな風に、書店の「音楽コーナー」ではなく「教育・育児コーナー」に置かれていては、我々音楽人が本書を見付けることは困難です。
しかも、もったいないことに、本書は教育者のみならず、音楽ファンにこそ広く読んでもらいたい内容なのです。音楽をつくるということがどういうことなのか、作曲行為とはどういうものなのか、そして、音楽を深く味わうために大切なことは何か、そういったことに近付くための“鍵”が本書に書かれていると感じるからです。
こう言うと、本書は抽象的な精神論ばかりと思われるかもしれませんが、ところが全くそうではないのです。その内容は、「音の働きを理解すること」、「構造をコントロールし処理すること」、「音楽的アイデアの創造と変容」、「構成して行くこと」、「技術からのフィードバック」等の、実際の作曲行為の内容についての具体的な見解と、それを体験するための実践的アイデアが満載なのです。
その実践内容は、時には西洋古典音楽の本質に則ったものであったり、時には素朴なサウンド・スケープ(音との触れ合い)であったりします。また、とかく難解なだけに思われがちな現代音楽の手法も柔軟に取り入れ、そのエッセンスを活用していることも興味深い点でしょう。
言葉にすると何やら難しそうに見えますが、作曲をする人が実際に読んでみると、きっと「なるほど、あのことか」と思われることが多いでしょう。そして、それを多くの人達が体験できる様に実践的に考え、書かれているという事実に驚かれるのではないかと思います。
作曲家は自らの作曲を省みて、新たな視点や発想を獲得して行く。作曲が何か特別なものだと思って、つくり手に回ることを躊躇していた人は、その一歩を踏み出して行く。音楽を聴き楽しんでいる人は、より深く鮮やかに音楽を味わう様になる。人をそうさせる、そんなパワーが本書にはあると思うのです。
皆さんが小学生の頃、学校の音楽鑑賞の時間に先生から、「この曲を聴いて、どんな情景が浮かびましたか?」とか、「この曲からは作曲家の感情がひしひしと伝わってきますね」等と教わったことがあったのではないでしょうか。しかし、本書を読むと、そういうことは断片的なことで、むしろ創造的な音楽体験を限定してしまい、下手をすると阻害するものだということに気付かされます。
「えっ、そうなの!?」と思われた方は、本書を読んで新しい音楽体験をしてみてはいかがでしょう。では続いて、「本書の内容と構成」についてお話して行きます。