2.本書の内容と構成

(このページは「1.意外と知られていない名著」からの続きです。詳しくは「読んで欲しいこの一冊」をご覧下さい。)

先ほども言いました様に、本書は先生向けの教育書というスタイルを持っています。ですから、先生でもない人間が本書を読むことにどれ程の意味があるのか、と思われるかもしれません。

実は本書は、先生が生徒に作曲の仕方を教えるためのメソッド(手段)ではありません。ましてや、「こうすることが作曲だ」という風に、作曲そのもののメソッド(作曲のやり方)について説明しようという本でもありません。そうではなく、子供のみならず先生も含めて、音楽をより豊かに創造的に、深く味わえるようになるための提案であり、ガイドなのです。言うなれば、自ら体験しながら深めて行ける本、と言えます。

本書の内容を実践する過程において、自然と「音楽をつくること」即ち、広い意味での「作曲」を体験することになります。「よく聴き、よく判断し、形づくること」は作曲の或る本質と言って良いでしょう。そしてそれが、正に本書において扱われていることなのです。

こうして読者である私達は、時に無垢な子供として、時に迷える教師として、本書と共に音楽と向かい合って行くことになるのです。

さて、本書の29ページ「この本を使うために」において、「音楽に対する反応と理解」を中心とした、さまざまな要素の相互関係のネットワークについて説明されます。そして「反応と理解」という中心は、「創造、演奏、聴取」と結び付いていると語ります。

続けて、このネットワークの外周には、「音」、「時間」、「アイデア」、「技術」という要素があることが示されます。そして、それらは「反応と理解」という中心と関係を持ち、要素同士を行き来しつつ、刺激的でしかも得心のいく音楽構造を生み出して行くのだ、と著者は言います。本書ではこのような関係を実践を通して探って行くのですが、幾分か著者の西洋合理主義が現れているとは言え、それはまさに作曲行為そのものと言っても良いのではないでしょうか。

つまり、「音」、「時間」、「アイデア」、「技術」それぞれの要素に対して反応し、理解するという実践経験が、その人の音楽性を豊かにして行くことにつながるという趣旨です。そしてまた、本書のテーマである「子供への教育」にも合致するという訳です。具体的に本書では、それぞれの要素に対する「反応と理解」、すなわち「創造、演奏、聴取」を実践するためのアイデアが、「プロジェクト」と呼ばれる「音楽授業の課題集」の形で解説されています。

プロジェクトはそれぞれ、「音から音楽へ」、「時間構成のモデル」、「音楽的アイデア」、「思考と創造」という四部に大別されており、それらがまた四つの項目に細分され、合計16のプロジェクトから成っています。「よく聴くこと」や「即興的に音を出してみる(演奏してみる)こと」、また、「じっくり考え出す(作曲する)こと」が体験できるその内容は、著者の長年の教育体験に基づいてよく考えられたものです。

それぞれのプロジェクト内の個々の課題で要求される音楽的技術も、ただ注意深く聴くだけのものや、手拍子が出来れば良いものから、楽器の演奏や合奏を必要とするものまで千差万別です。また、譜面を読んだりする楽典能力についても、それが必要とはされないものから、ある程度高度な読譜、記譜能力を要求されるものまで様々です。

そこで用いられる音楽の様式も、馴染みのあるわらべ歌的なものから、セリー音楽やトーン・クラスター、図形楽譜やミュージック・コンクレート等など、前衛が生み出した独特なものまで、これもまた様々です。むしろ、それぞれの課題が目指す音楽体験の意味を、後述する「指導のポイント」を通してよく理解することが大切であり、そのことによって独自の応用が、そして著者の持つ限界を超えた新たな音楽が生まれて行くことでしょう。印象の奇異さに惑わされないことが肝心です。

つまり、「音楽の形」の作り方を頭で学ぶのではなく、作曲行為の”ある側面”を体験することを通して「音楽の中身」に触れてみよう、ということなのです。そして、様々な側面を体験すれば、自ずとその中心へ向かって行けるようになり、作曲そのものを体験し、実践出来るようになるのではないでしょうか。

さて、本書での課題の一つとして、次のようなものがあります。

(1小節の短いフレーズを示し)……このアイデアを続けていく方法を色々考えてみよう。これを繰り返すこともできる。それでは何回繰り返せばよいだろうか? 2回、あるいは3回? その後はどうするのか? この最初のフレーズで非常に覚え易い特徴は何だろうか? その特徴をどんな風に使えば、やはり特徴のある長いメロディーをつくれるだろうか? 全体が退屈なものにならないようにするためには、どうしたらよいだろうか? …(以下続く)…(本書p151より)

これは、プロジェクト10「統一感とヴァラエティ」の最初の課題からの引用ですが、これはすでに立派な作曲だと言えます。作曲をされる方ならば思い当たる節があるのではないでしょうか。これと同じ言葉が、自分の頭の中をグルグル回ることがあったのではないですか?

本書の特徴であり面白いところは、教師がこの課題を生徒に体験させるに当たっての「指導のポイント」が、とても詳細に記述されている点です。そして何よりもこの部分にこそ、本書のエッセンスが詰まっているのです。さて、上記の課題に対しては次のようなポイントが挙げられています

これはよく試験に出てくるような、たとえば4小節のフレーズをつくろうとか、音楽で“問いと答え”をつくろうというような、メロディづくりの練習問題のようにしてしまってはならない。楽器を使ったり、素材の“独自性”に着目しながら、アイデアを考え出していくとよい。そうすれば、素材の特徴を生かしながら意味のあるメロディをつくる方法を自分で発見することができる。(中略~)

(~中略)音楽を面白くするためには、必ずしも複雑にする必要はない。簡潔なアイデアでもいろいろなことができる。すでに定着した“語彙”が使われていたり、わかり易い特徴があったりして聴き手がよく知っていそうなものと、予想もできなかったような新しい、びっくりするような、できれば楽しいものとのバランスが取れていればよいのである。(本書p162より)

この後、さらにメロディづくりのための指針が示されて行きます。そして、その短いフレーズの特徴である「音形(下行から上行へ)」と「シンコペーション」を挙げつつ、メロディづくりの可能性のひとつを、実際の譜例で説明して行きます。

こういった課題と解説を見ていると、「メロディのつくり方」の説明を受けているのではなく、「作曲のプロセスを眺めている」という気がします。作曲をしている人は「自分はどうしていただろう」と思い返し、作曲をしたことのない人は、感覚的なものと技術とのつながりに気付かされ、作曲に対する見方が変わってくると思います。

本書は基本的に、小中学生とその先生が対象なのですが、その実践内容は子供向けの幼稚なものでは全くありません。それどころか、本書の「訳者あとがき」にもあるように、いささか高度なものです。プロジェクトによっては高校生や大学生が適していると思われるものすらあります。作曲経験の豊富な読者も、本書に唸らされることがあるでしょう。

しかし、本書から学べることは年齢とは関係のないものです。何故ならそれは、本書の内容が作曲の、ひいては音楽の本質について迫ったものだからなのでしょう。

ということで、本書の内容と構成について見てきました。次は、「音楽をつくる可能性」の中で読むことのできる、作曲についての刺激的な言葉、魅力的な言葉をチョイスしてみましたので、ご覧下さい。

「3.力強い言葉たちに触れてみる」へ続く。